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■リレーコラム
〜ヘルスケア・マネジメントにおける諸問題を考える
久 智行 (医師・博士(医学)・法務博士(専門職))
◇龍樹(ナーガールジュナ)
筆者が日常感覚から遊離しているのか、人(患者を含む)を怒らせてしまうことがあるらしい。
その怒りの感情の発露として「空っぽだ」「分別が無い」「言語道断だ」などと言われたりする。
(そして筆者に対して怒る人は、どうやら多くの場合そのような感情を抱くようだ。)
ところが、筆者はそれらを聞いた時に、心の中でニヤニヤしてしまったようで、
しかも、それが心の中だけに収まっておらず、表情に現れたようで、さらに困ったことになったりするのである。
では、なぜニヤニヤしたのか。
それは、龍樹の言う、言語道断の意味にある。言語はそもそも実体を持つものではないが故、人は言語から様々な判断をする。
その様々な判断こそが分別であり、その迷いが煩悩を引き起こす。
よって、煩悩が滅すれば、迷いから解脱する。
すなわち、言語を道断し、分別から解放されることで、空となり、悟りに達する、という。
つまり、筆者に怒った人は、筆者を非難しているつもりで、筆者を誉めてくれたから、ニヤニヤしたのであり、
その混同の原因が、まさに言語における分別にあったからこそ、さらにニヤニヤしたのである。
◇マザーテレサとヨハネパウロ二世
これに対して、キリスト教では、誰もが知っているように「はじめに言葉ありき」(ヨハネ1:1)の文化である。
マザー・テレサは、
人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。
善い行ないをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。気にすることなく、作り続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい
と言い、
また、ヨハネパウロ二世は、
自分を暗殺しようとしたメフメト・アリ・アジャを、レビッビア刑務所まで訪れ、
彼を心から許したこともある。
◇ディズニーとポロラルフローレン
一方、そのようなキリスト教文化の影響を受けているはずの西洋諸国の企業が以下のような分別ある行為をする。
たとえば、滋賀県大津市晴嵐小学校の卒業制作として小学生達がプールにミッキーとミニーの絵を描いたときに、
ディズニー社は著作権侵害を主張し、先生達がその絵を塗り潰すと、「他人の権利を知る教訓になったと思う」とコメントした。
ところで、このディズニー社が理念(著作権を尊重するという)の元に、このような行動をしたのかと考えてみると、そうとばかりは言い切れない。
つまり、「ジャングル大帝」と「ライオン・キング」の問題では、ディスニー社は著作権侵害の依拠性を否定した主張を繰り返し、
手塚プロダクションが「『ジャングル大帝』が『ライオン・キング』に影響を与えたのが事実なら、手塚さんが生きていれば喜ぶだろう」と言うと、
まるでマザーテレサの相手方のような態度を取ったのである。
イギリスに実在するASCOT PARK POLO CLUBというポロクラブが、
ポロラルフローレンのために、商標登録出来なかったことなども興味深い。
◇医療におけるコンフリクト
これらを前提において、医療関係者と患者との関係は、どのように考えどのように対応すれば良いのだろうか。
昨今では、物言う患者に成ることが、患者自身のためになると考える人(特に患者)が多いらしい。
言語を廃して「(何も言わず)お任せする」時代ではないようだ。
ところで、医療関係者と患者との関係を法的にいえば、準委任契約である。
つまり、医療関係者は、結果に対して責任を負うものではない。
また、医療はサービス業ではない。
2002年の日本標準産業分類で、医療・福祉は大分類Nであり、サービス業は大分類PあるいはQである。
さらに、応召義務(医師法19条1項)は医師が患者に対して直接負うものではない。
応召義務は医師が国に対して負う義務であり、さらに違反しても罰則規定は無い。
ただし、医師法第7条2項にいう「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたる場合には問題となる。
たしかに、民事訴訟的には、処分権主義と弁論主義という当事者主義が「言った者勝ち」を指向するものではあるが、
しかし、日常診療において、権利主張の強い患者が「言った者勝ち」の態度を示した場合、
上記の法的理解をした上で、二者間の関係(当該患者と医療関係者)においては、
敢えてディズニー社に対してマザーテレサのような道を選ぶことも一つの方法である。
しかし、一方で、温和しい患者がいるのも事実であり、
三者間の関係(当該患者と温和しい患者と医療関係者)を考えたならば、
上記の道を選ぶことは、間接的に、温和しい患者に不利益を与える場合もあり、
その場合は、「正義・公平」に反するとも思える。
コンフリクトは尽きない。
2008年6月9日
■ 久 智行 (ひさ ともゆき)
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医師・博士(医学)・法務博士(専門職) |
著書・その他:
・Valuing Intellectual Property in Japan, Britain and the United States(Routledge, Andover, Hants, UK, 2004)
・Le Cancer en Afrique: De l'epidemiologie aux applications et perspectives de la recherche biomedicale(National Cancer Institute, Paris, France, 2006)
・ITから子どもの脳を守る―人間脳を育てる(コスモヒルズ, 東京, 2006)
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